SNSを利用した日記

2016.11.21 岡田定晴
 秋の森の動物たち(作曲:Amacha)

 時の経つのは早いものです。そして、どんなに印象的な強い想い出でも、はるか遠い昔の出来事になると何時のことだったのか思い出せなくなります。 私の場合、いくつかの記憶している手掛かりを辿って15年くらいまでは遡ることができますが、このあたりが限度です。

 ところが、日記はもっと古い過去にまで鮮明に遡ることを可能にしてくれます。小学校や中学校で日記を書くように勧められたのですが、 私にはその価値が理解できず日記を書く習慣は身に着きませんでした。そんな私でしたが、50歳を過ぎてから意外な形で日記をつけることになりました。 2008年、SNSのミクシィ(mixi)に出会い、日記をメモ代わりにつけだしたのです。2008年5月から2011年8月の間に、 ミクシィに301件の日記を残しています。わずか3年間の記録ですが、改めて読み直してみると、自分の考え方や行動、 あるいはICT(情報通信技術)の 進化の一部を記録する資料として、貴重なものだと感じています。



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 2008年にSNSのミクシィ(mixi)に接した当初、「こんな世界があったんだ!」とカルチャーショックを受けました。 多くの人が集まり交流するネット上の空間ができていたのです。現実の世界では接したことのない人とコミュニケーションをとることができたのです。 当時ミクシィ(mixi)には、既にミクシィに参加している人から招待状を受け取らなければ参加できませんでした。 因みに、Facebookは日本にはまだ上陸していませんでした。ミクシィに用意されているプロフィール、マイミク一覧、参加コミュニティ一覧、日記、 フォト、足あと・・・、など日本的で親しみやすい機能とインターフェースには、満足していました。

 その中でも「日記」は、写真3枚をセットにして書くことができ、書いた日記は「タイトルと、写真と、日記の冒頭の部分」が読める 一覧表・リストが表示されるので、とても使い勝手の良いものでした。これに、読者がイイネ!やコメントを加えることができます。 私は、「日記」を自分自身の記録として残そうと考え、公開範囲も極めて限定的なものにしました。この「日記」の機能を、自分の日記帳として使っていました。

写真:日記  最近、ミクシィ(mixi)にログインして、その機能や、自分が記録した「日記」や「写真」が昔のまま残っていることを発見しました。 今、日記を読み返せば、それを書いた当時の「ICTに向き合う初々しい思いや意気込み」が、今の自分に向かって「この熱い思い・情熱を忘れるなよ!」と 語りかけてくるようです。ミクシィに日記をつけ始めたころは、ちょうどモバイル(携帯)の普及でインターネットに接続されている機器が、 いつも手の内にあるという時代の到来に興奮していた頃です。モバイルの普及によって、広がり始めたICTに対する技術者としての新鮮な感覚、 これからの世の中を切り開くのはICTだというワクワクするような感覚と確信・・・。瑞々しい感性の叫びとともに当時のICTの状況も的確に伝わってきます。

 子供時代に学校の先生に言われた日記は、紙に自分の下手な字で書くだけのものでした。字が下手な私は、日記どころか字を書くことが苦痛でもありました。 しかし、ミクシィの日記というのは紙の日記帳と全く別物です。ICTの発達によって手にしたミクシィの日記システムは、私が下手な字を書く必要もなく、 キーボードを使って文字をパソコンに打ち込み、更に文字だけでなく写真も貼れて楽しく面白いものになります。 そこに、日付と適当なタイトルをつけて日記として書き込めば、永遠に記録されるだけでなく、その日記はいつでも検索できて簡単に見ることができます。

 もし、自分が子供の頃からこうしたミクシィの日記システムのようなものがあったなら、日記をつける習慣もできて、もっと自分を豊かにすることができたと思うのです。 ICTがもたらしたと言っても良いミクシィの日記により「日記は人生を豊かにする」ことを学びました。日記に書くには物を調べてきちんと書く癖がつきます。 物を調べれば新しい知識を得て一つ、自分が豊かになります。考えをまとめることで自分にとって何が大事なのかが見えてきます。 また、数年後に日記に目を通すと、当時の考えと今の考えとを比較・検討が出来て、今の自分にとっての正しい答えを導きやすくなります。

 何より、日記をつけておくことで、今まで生きてきた証が記録されている安心感があります。自分の人生が、日記には詰まっています。 こんなに自分の人生の豊かさを実感させてくれるものはありません。

 余談ですが、日記システムの効用は自分に向かってだけではありません。たとえば、遠く離れた場所に住んでいる中学・高校時代の同窓生に声をかけて、 同じSNSに参加して、「日記」や「写真」を使ってコミュニケーションを図ることができます。それを通して、ふるさとを中心にした「仲間の輪」が広がっていきます。 今は、ICTさえ上手に利用すれば、大切な人生を豊かに出来る時代なのだと私は思います。


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