「放送中の映像」か「録画した映像」かわからない

2017.01.09 岡田定晴
 あの頃の星空(作曲:Amacha)

 テレビの前で妻がドラマを見ています。「この番組、何時まで放送するの?」とつい聞いてしまいます。 聞いてすぐコマーシャルになったりすると、妻は手際よくそれをスキップしてドラマの続きを見ます。 それで初めて、テレビに流れているドラマが今、放送されているものではなく、録画された番組だと分かります。 逆の場合もあります。今、放送されている番組を見ていても、「コマーシャルをスキップして。」と言ってしまい、 後になってから間違っていたと気づきます。これほどに、「放送中の映像」なのか「録画した映像」 なのかがわからなくなってしまいました。

 記録された映像だと一目でわかった時代が、もう既に数十年も過去のことになってしまいました。 その時代には、放送されている映像と録画された映像とを区別できないことなど、あり得ないことと 思われていました。



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 カラーテレビが普及した時代、 1975年(昭和50年)にソニーからベータマックスが、1976年(昭和51年)に日本ビクターから VHSが、どちらもカセット型の家庭用VTR(ビデオテープレコーダー)が発売されました。 それ以降、家庭用のVTRは、録画の長時間化、高画質化、高音質化、ビデオカメラへの対応など、 様々な機能や性能の改善が行われました。20世紀、テレビがアナログ放送の時代に放送番組を録画する時、 VTRが家庭に無くてはならない装置となりました。

 VTRは、アナログ方式の録画装置であり、記録することにより元来の信号が劣化していきます。 音声ではテープヒスノイズ(テープの磁性体が均一でないことによるノイズ)やワウフラッター (テープの走行速度が均一でないことによる音の周波数変動)、 映像では、解像度や色再現の悪さ、ドロップアウトノイズ(テープの磁性体の剥がれによる。再生された 周辺の映像信号で埋める機能はあるが、大きなものは目立つ)やスキュー歪(画面の垂直線が湾曲する) などが目につきました。これらは、ダビングを繰り返すことによりさらに大きく劣化しました。 ですから、誰が見ても、今、放送されている映像なのか、VTRの再生映像なのかがわかりました。

 2000年(平成12年)12月1日のBSデジタル放送(ハイビジョン本放送)開始、 2003年(平成15年)12月1日の地上デジタル放送開始(東京・大阪・名古屋)開始 などにより、デジタルのハイビジョン番組が録画できる装置のニーズが高まりました。 家庭用VTRは、ハードディスク、DVD(Digital Versatile Disc)、Blu-ray Discなどの テープではない記録媒体による録画再生装置に置き換えられていきました。 また、パソコンでも映像の記録再生が可能になり、アナログ信号を記録する時代は終わり、 デジタル信号を記録する時代になりました。

 デジタル記録では、元来の数値データが復元できれば、映像や音声は元通りに再生されます。 ですから、今放送されている番組を見ているのか、録画された映像を見ているのか、全くわかりません。 停止ボタンが押されて初めて録画されたものを見ていることがわかります。

 この40年余りで、技術は大きく進歩しました。劣化の無い記録再生や2時間のデジタルハイビジョンが ディスク1枚に記録できるようになったことなど、アナログ時代には夢のまた夢だったことが実現しました。 しかし、その一方で様々な記録方式や記録媒体が現れては消えることの繰り返しでもありました。 想い出のある大切な記録、貴重な映像など、持っている記録媒体(ベータカムやVHS、Hi8のテープなど)を 再生するのは至難の業です。最新のディスクレコーダーを持っていても、結婚式のVHSテープは再生できません。 まだ、専門の業者に依頼するという手段はあるようですが、製造されなくなり、保守部品も無くなった 装置が永遠に使えるということは無いでしょう。

 放送中の番組を見ているのか、或は録画した番組を見ているのかが分からない程、両者の画質に全く違いが無くなった ことは嬉しいことです。しかし私は、過去の歴史と同じように、今Blu-ray Discに録画しているものが、 何年か先の新しいシステムに変わった時に見ることが不可能になるのではないか。そんな不安も覚えます。 技術の進歩のあるべき姿は、過去の技術の駆逐ではなく、新しいシステムの中で過去の技術も生きているもの、 コンテンツの継承ができるもの、云わば「過去と未来の同居」「過去と未来の融合」とでも呼べるようなものではないのか―― と思う今日この頃です。


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